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だいもんじやま大文字山
京都の町を囲む山に浮んだ火の文字。夏の風物詩の代表といわれる五山の送り火は、お盆の間帰ってきた先祖の霊を送る行事です。8月16日の午後8時から順に火がともされ、その第一番に点火されるのが、東山連峰・大文字山の「大」の字です。この「大文字」が最もよく知られているので、送り火の代名詞にもなっています。大文字山は標高466メートルで、京都市内の小学生は学校行事で1回は登ります。市内からは火床の「大」の字型がくっきりと見え、雪が降れば白い「大」が山に浮かび上ります。
更新日:2007年3月15日
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京都の町を囲む山に浮んだ火の文字。夏の風物詩の代表といわれる五山の送り火は、お盆の間帰ってきた先祖の霊を送る行事です。8月 …[続きを読む]
更新日 : 2007年3月15日
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だいごじ醍醐寺
貞観(じょうがん)16(874)年に、理源大師・聖宝(りげんだいし・しょうぼう)が醍醐山上に庵を建てたのが始まりです。醍醐寺には古い建物が多くあり、三宝院は平安時代に、醍醐寺第14世座主勝覚(しょうかく)が開きました。庭園は「醍醐の花見」のときに、秀吉が自分で設計したといわれ、聚楽第(じゅらくだい)から運んだ石などを配置した桃山時代の代表的な名園です。平成6年世界文化遺産(せかいぶんかいさん)に登録されました。
更新日:2016年6月17日
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貞観(じょうがん)16(874)年に、理源大師・聖宝(りげんだいし・しょうぼう)が醍醐山上に庵を建てたのが始まりです。醍醐 …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月17日
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せんにゅうじ泉涌寺
天皇や皇后のお墓があり皇室とのゆかりが深いことから、「御寺(みてら)」と呼ばれています。平安時代の初め、弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)がこの地に庵を結んだのが始まり。その後の寺院建築の際、境内に清水がわき出たことから「泉涌寺」の名がつきました。観音堂の楊貴妃観音(ようきひかんのん)は世界三大美人の一人・楊貴妃がモデルといわれ、うっとりするような顔立ち。美人祈願・良縁成就のご利益があるとして若い女性に人気です。
更新日:2016年6月14日
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更新日 : 2016年6月14日
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せんおくはくこかん泉屋博古館
住友家が収集した美術品を展示する美術館です。丸太町通の東端、鹿ケ谷(ししがたに)にあり、東山に抱かれるように静かなたたずまいを見せています。「泉屋」は、江戸時代の住友の屋号です。収蔵品で有名なのは中国古代の殷周(いんしゅう)時代の青銅器や漢時代以降の鏡鑑などです。これらに加えて、中国や日本の絵画・書跡、また茶道具、香道具をはじめとする工芸品などを順次企画展示しています。
更新日:2016年6月3日
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ずいしんいん隨心院
三十六歌仙に選ばれ、絶世の美女とうたわれた小野小町の屋敷跡と伝えられています。ある日、小町にひとめぼれしてこの山科の里を訪ねた深草少将は、小町から「百夜(ももよ)通ってくれたら・・・」といわれ、5キロ離れた深草から毎夜通いますが、百日目の夜ついに力つきて息絶えます。この話をテーマに少女が演じる「はねず踊り」が梅の花が咲く3月の末に行われます。寺には小町への恋文を張った文張地蔵や化粧に使ったという井戸などがあります。
更新日:2007年3月16日
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三十六歌仙に選ばれ、絶世の美女とうたわれた小野小町の屋敷跡と伝えられています。ある日、小町にひとめぼれしてこの山科の里を訪 …[続きを読む]
更新日 : 2007年3月16日
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しんにょどう真如堂
天台宗を開いた最澄(さいちょう)の弟子・慈覚大師(じかくだいし)・円仁(えんにん)は唐から日本に帰る時、船上に現れた阿弥陀如来(あみだにょらい)を彫って比叡山・延暦寺(えんりゃくじ)の常行堂(じょうぎょうどう)にまつりました。その後、僧・戒算(かいさん)がその仏像を移し、お堂を建てたのが始まりと伝えます。境内に建つ三重塔が美しい寺で、紅葉の名所としても知られています。正しくは真正極楽寺(しんしょうごくらくじ)といいます。寺宝には応仁の乱の戦いなどを描いた有名な「真如堂縁起」などがあります。
更新日:2007年3月16日
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天台宗を開いた最澄(さいちょう)の弟子・慈覚大師(じかくだいし)・円仁(えんにん)は唐から日本に帰る時、船上に現れた阿弥陀 …[続きを読む]
更新日 : 2007年3月16日
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しょうれんいん青蓮院
天台宗の門跡寺院で非常に格式が高く、粟田御所(あわたごしょ)と呼ばれました。天明の大火(てんめいのたいか)の時に天皇が避難したこともあります。このお寺で出家した親鸞聖人お手植えと伝わる樹齢800年の大きな楠(くすのき)は京都市の天然記念物に指定されています。宸殿(しんでん)、小御所(こごしょ)、本堂(ほんどう)が並んでいます。庭園は裏山の景色を取り入れた龍心池(りゅうしんいけ)と、築山(つきやま)のある池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)です。
更新日:2018年10月2日
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天台宗の門跡寺院で非常に格式が高く、粟田御所(あわたごしょ)と呼ばれました。天明の大火(てんめいのたいか)の時に天皇が避難 …[続きを読む]
更新日 : 2018年10月2日
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しょうごいん聖護院
平安時代、増誉(ぞうよ)僧正が白河上皇の熊野御幸(みゆき)の際、案内役を務めた功績で寺を賜り、聖体護持(せいたいごじ)の意味から聖護院と名付けたといわれています。書院は御所の皇后御殿を移築したもの。内部は狩野(かのう)派の絵画で飾られ、宸殿とあわせて、170面におよぶ障壁画をみることができます。京土産で有名な聖護院八ツ橋は、はじめて琴を始めた八橋検校(やつはしけんぎょう)をしのび、参道で八ツ橋と名付けた琴の形をしたお菓子を売ったことが始まりです。参拝は要予約。
更新日:2010年1月5日
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平安時代、増誉(ぞうよ)僧正が白河上皇の熊野御幸(みゆき)の際、案内役を務めた功績で寺を賜り、聖体護持(せいたいごじ)の意 …[続きを読む]
更新日 : 2010年1月5日
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じしゅじんじゃ地主神社
創建年代は、日本建国以前という古い歴史のある神社で、清水寺の本堂北の一段高い所にあります。社殿(しゃでん)は清水寺の本堂と同じく江戸幕府3代将軍徳川家光が再建しました。本殿、拝殿、総門、境内地は国の重要文化財に指定され、世界文化遺産(せかいぶんかいさん)にも登録されています。拝殿の天井の龍は、狩野元信(かのうもとのぶ)がかいたものです。サクラの名所としても有名です。現在は縁結びの神として知られ、境内には縄文時代から伝わり、恋の成就を占うことで知られる「恋占いの石」があります。
更新日:2016年6月17日
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創建年代は、日本建国以前という古い歴史のある神社で、清水寺の本堂北の一段高い所にあります。社殿(しゃでん)は清水寺の本堂と …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月17日
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さんねいざか・にねんざかかいわい産寧坂・二年坂界わい
高台寺から清水寺に向かう途中にある通りの名です。産寧坂は三年坂ともいわれます。石段や石畳の道の両側に明治以降の京都の伝統的な町並みが続き、お土産屋さんが軒を連ねています。二年坂を経て産寧坂を通ると清水寺の参道・清水坂に出ます。坂の名前は二年坂は大同2年(807)、三年坂は大同3年に出来たからという説と、清水寺境内の安産祈願の子安観音(こやすかんのん)への参道にあたることから産寧坂と呼ばれるようになったという説があります。伝統的建造物群保存地区に指定されています。
更新日:2007年3月15日
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高台寺から清水寺に向かう途中にある通りの名です。産寧坂は三年坂ともいわれます。石段や石畳の道の両側に明治以降の京都の伝統的 …[続きを読む]
更新日 : 2007年3月15日