見学スポットの検索結果
絞り込み検索
(エリア・カテゴリの条件を指定して検索結果を絞り込むことができます)
-
ちょうけんじ長建寺
八臂(はっぴ)辨財天を本尊とし、中書島(ちゅうしょじま)にあることから「島の弁天さん」と親しまれています。豊臣氏が滅び伏見城が廃城になったあと、この辺りは火が消えたようになりました。1699年、当時の伏見奉行の建部政宇(たてべませのき)は、舟運を発達させ歓楽街をつくるとともに、近くの深草から寺を分離して移し、自らの名前の建と長寿を願う字をかけた長建寺を建立しました。珍しい裸形妙音天(らぎょうみょうおんてん)もあります。
更新日:2007年3月16日
- カテゴリ
-
- 洛南
- 寺院・神社
八臂(はっぴ)辨財天を本尊とし、中書島(ちゅうしょじま)にあることから「島の弁天さん」と親しまれています。豊臣氏が滅び伏見 …[続きを読む]
更新日 : 2007年3月16日
-
ふしみのさかぐら伏見の酒蔵
伏見で酒造りが盛んになったのは豊臣秀吉が伏見城を築き、城下町を造ってからです。江戸初期に角倉了以(すみのくらりょうい)が高瀬川を開き、水運が盛んになった結果、伏見は港町、宿場町として発展しました。それとともに地下水でおいしい水に恵まれた伏見の酒も栄え、全国に流通していきました。その後、衰退した時期もありましたが明治になってびん詰めの酒がヒットして今日に至っています。伏見の町には酒蔵を活用した資料館があり、酒造りの工程や歴史を見ることができます。
更新日:2007年3月15日
- カテゴリ
-
- 洛南
- 名所・旧跡
伏見で酒造りが盛んになったのは豊臣秀吉が伏見城を築き、城下町を造ってからです。江戸初期に角倉了以(すみのくらりょうい)が高 …[続きを読む]
更新日 : 2007年3月15日