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びわこそすいきねんかん琵琶湖疏水記念館
琵琶湖疏水は、明治中期に琵琶湖から京都まで引かれた水路です。当時の日本の技術で建設することは難しいと言われていましたが、北垣国道第3代京都府知事のもと、大学を卒業したばかりの田辺朔郎(たなべさくろう)が、設計・監督して完成させました。当初は、水車動力の利用運河などの計画でしたが、さまざまな計画変更のなか、水力発電の実用に踏み切ったことで、その電力を用いた路面電車が走り出すなど、東京遷都のため沈みきった京都は活力を取り戻しました。記念館では、当時の工事に関わった人々の苦労をしのばせる資料の展示や、発電に用いた水車も展示しています。
更新日:2016年6月27日
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えんとくいん圓徳院
豊臣秀吉の没後、その妻北政所ねねは「高台院」の号を勅賜(ちょくし)されたのを機縁に高台寺建立を発願し、慶長10年(1605)、秀吉との思い出深い伏見城の化粧御殿とその前庭を山内に移築して移り住んだ。ねね58歳のことであり、77歳で没するまでの19年間をこの地で余生を送り、終焉の地となった。圓徳院はねねの甥、木下利房を開基に木下家の菩提寺として開かれ、高台寺の塔頭とされた。寛永9年、ねねの没後9年目のことである。
更新日:2016年6月17日
- 〒605-0825 京都市東山区高台寺下河原町530
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市バス「東山安井」下車徒歩5分
- TEL: 075-525-0101
- URL: http://www.kodaiji.com/entoku-in/
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【時間】午前10時〜午後5時30分(受付終了は午後5時30分)
※無休 但し、法務により拝観休みになる場合があります。
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豊臣秀吉の没後、その妻北政所ねねは「高台院」の号を勅賜(ちょくし)されたのを機縁に高台寺建立を発願し、慶長10年(1605 …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月17日
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きょうとりょうぜんごこくじんじゃ京都霊山護国神社
江戸時代の終わりから明治時代の初めにかけて、日本を改革するために戦い、命を落とした志士たち1356人の霊がまつられています。中でも有名なのが坂本龍馬(さかもとりょうま)のお墓。小高い山の途中にある龍馬のお墓からの景色は素晴らしく、京都の町がぐるっと見渡せます。龍馬が殺されてから140年たった今でも人気は高く、いつもお花を供えたり、メッセージを書き残す若い人たちが訪れます。
更新日:2016年6月17日
- 〒605-0861 京都市東山区清閑寺霊山町1
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市バス「東山安井」下車徒歩10分
- TEL: 075-561-7124
- FAX: 075-531-0972
- URL: http://www.gokoku.or.jp/
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【営業時間】8時〜17時
【休業日】無休
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江戸時代の終わりから明治時代の初めにかけて、日本を改革するために戦い、命を落とした志士たち1356人の霊がまつられています …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月17日
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えびすじんじゃ恵美須神社
毎年1月8〜12日に行われる「十日ゑびす大祭」は大勢の人でにぎわいます。境内は『商売繁盛(はんじょう)で笹持ってこい』の掛け声が飛び交い、商売人の人たちが縁起物の笹やお札を競って買い求めます。建仁寺を開いた栄西禅師(えいさいぜんじ)が、宋(中国)から帰国するとき暴風雨にあい、波間から現れたゑびすさんに祈ったところ、波がおさまったことから建仁寺を守る神社として建てられました。日本三大ゑびすの一つで、他は西宮と大阪今宮にある恵比寿神社です。
更新日:2016年6月17日
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毎年1月8〜12日に行われる「十日ゑびす大祭」は大勢の人でにぎわいます。境内は『商売繁盛(はんじょう)で笹持ってこい』の掛 …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月17日
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ほうこうじ方広寺
豊臣秀吉(とよとみひでよし)が1586年、東大寺大仏より大きい高さ19メートルの大仏と高さ50メートルの大仏殿をつくりました。しかし10年後、地震で大仏は壊れました。秀吉の遺志を継いだ子の秀頼が1614年に大仏を造りますが、今度は寺の鐘に刻まれた「国家安康・君臣豊楽」の文字は「家康の2字を離し、豊臣の2字を続けるのは徳川家への反逆」と家康が、言いがかりをつけました。これが要因となって大坂冬・夏の陣に突入、豊臣家は滅亡します。境内に豊臣家滅亡のきっかけとなった鐘と巨石が残されています。
更新日:2016年6月17日
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更新日 : 2016年6月17日
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ほうかんじ法観寺
京都の人には「八坂の塔」と呼ばれ、親しまれています。東山の夕景に映える高さ46メートルの五重塔がシンボルマークです。聖徳太子が建てたと伝えられ、この地に住んだ渡来人(とらいじん)・八坂氏ゆかりの寺とみられています。当初はたくさんの建物がある大きな寺でしたが、現在は塔と小さなお堂が残るだけです。塔内部は拝観可能で、仏像のほか、上階からは東山の絶景を楽しむことができます。
更新日:2016年6月17日
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京都の人には「八坂の塔」と呼ばれ、親しまれています。東山の夕景に映える高さ46メートルの五重塔がシンボルマークです。聖徳太 …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月17日
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いまくまのかんのんじ今熊野観音寺
皇室の菩提所(ぼだいしょ)で御寺(みてら)と呼ばれる泉涌寺(せんにゅうじ)の塔頭(たっちゅう)で、西国三十三所観音霊場第15番札所です。お年寄りには「ぼけ封じ」、子どもには「子護大師(こまもりだいし)」の信仰で知られ、紅葉が美しい寺です。境内には開祖・弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)ゆかりの井戸「五智水(ごちすい)」が今もこんこんとわいています。
更新日:2016年6月17日
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皇室の菩提所(ぼだいしょ)で御寺(みてら)と呼ばれる泉涌寺(せんにゅうじ)の塔頭(たっちゅう)で、西国三十三所観音霊場第1 …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月17日
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だいごじ醍醐寺
貞観(じょうがん)16(874)年に、理源大師・聖宝(りげんだいし・しょうぼう)が醍醐山上に庵を建てたのが始まりです。醍醐寺には古い建物が多くあり、三宝院は平安時代に、醍醐寺第14世座主勝覚(しょうかく)が開きました。庭園は「醍醐の花見」のときに、秀吉が自分で設計したといわれ、聚楽第(じゅらくだい)から運んだ石などを配置した桃山時代の代表的な名園です。平成6年世界文化遺産(せかいぶんかいさん)に登録されました。
更新日:2016年6月17日
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貞観(じょうがん)16(874)年に、理源大師・聖宝(りげんだいし・しょうぼう)が醍醐山上に庵を建てたのが始まりです。醍醐 …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月17日
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じしゅじんじゃ地主神社
創建年代は、日本建国以前という古い歴史のある神社で、清水寺の本堂北の一段高い所にあります。社殿(しゃでん)は清水寺の本堂と同じく江戸幕府3代将軍徳川家光が再建しました。本殿、拝殿、総門、境内地は国の重要文化財に指定され、世界文化遺産(せかいぶんかいさん)にも登録されています。拝殿の天井の龍は、狩野元信(かのうもとのぶ)がかいたものです。サクラの名所としても有名です。現在は縁結びの神として知られ、境内には縄文時代から伝わり、恋の成就を占うことで知られる「恋占いの石」があります。
更新日:2016年6月17日
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創建年代は、日本建国以前という古い歴史のある神社で、清水寺の本堂北の一段高い所にあります。社殿(しゃでん)は清水寺の本堂と …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月17日
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やすいこんぴらぐう安井金比羅宮
蓮華光院(れんげこういん)が讃岐(さぬき)の金比羅宮から大物主神を迎えて鎮守社としましたが、明治の神仏分離で独立し、戦後、現在の名称になりました。保元の乱で讃岐に配流となった崇徳(すとく)上皇、以仁(もちひと)王の乱で敗死した源頼政(よりまさ)をまつっています。絵馬の奉納で知られ、絵馬館に多くの絵馬が展示されています。断ち物の祈願所として有名で、境内には縁切りと縁結びの碑があり、悪縁を絶って良縁を結ぶというご利益があるとされています。
更新日:2016年6月15日
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蓮華光院(れんげこういん)が讃岐(さぬき)の金比羅宮から大物主神を迎えて鎮守社としましたが、明治の神仏分離で独立し、戦後、 …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月15日