見学スポットの検索結果
絞り込み検索
(エリア・カテゴリの条件を指定して検索結果を絞り込むことができます)
-
せいめいじんじゃ晴明神社
平安時代のすぐれた陰陽師(おんみょうじ)・安倍晴明(あべのせいめい)をまつっています。陰陽師とは、物事の良し悪しを占い、天皇や大臣に伝える人のこと。今でいえばカリスマ占い師です。この場所にはかつて安倍晴明の屋敷があり、晴明の活躍をたたえて、一条天皇がその跡地に神社を建てたといわれています。境内には飲むと病気が治るという「晴明井」などがあり、晴明の不思議な力に願いを託す人たちでにぎわっています。
更新日:2016年6月10日
- 〒602-8222 京都市上京区堀川通一条上る晴明町
-
市バス「一条戻橋・晴明神社前」下車徒歩2分
- TEL: 075-441-6460
- FAX: 075-415-0050
- URL: http://www.seimeijinja.jp/
-
【時間】9時〜18時
※無休
- カテゴリ
-
- 洛中
- 寺院・神社
平安時代のすぐれた陰陽師(おんみょうじ)・安倍晴明(あべのせいめい)をまつっています。陰陽師とは、物事の良し悪しを占い、天 …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月10日
-
ちょうほうじ(ろっかくどう)頂法寺(六角堂)
本堂が六角形をしていることから「六角堂」と呼ばれています。聖徳太子が創建したと伝わるとても歴史のあるお寺で、室町時代ごろからは町民たちの集会所としての役割も持ち始めました。頂法寺の立つ位置は京都のちょうど真ん中にあたるとされ、それを示す「へそ石」が境内に残っています。いけばな発祥の地としても知られ、隣接して華道家元(かどういえもと)・池坊(いけのぼう)があります。
更新日:2016年6月10日
- カテゴリ
-
- 洛中
- 寺院・神社
本堂が六角形をしていることから「六角堂」と呼ばれています。聖徳太子が創建したと伝わるとても歴史のあるお寺で、室町時代ごろか …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月10日
-
ぎょうがんじ(こうどう)行願寺(革堂)
寺を開いた行円(ぎょうえん)は、以前は猟師で、あるとき山中で鹿を射とめたところ、腹から小鹿が出てきました。後悔した行円は僧になり、その皮を衣にして念仏を唱えて修行したそうです。その姿から皮聖(かわのひじり)と呼ばれ、寺の名になりました。京都の町衆(まちしゅう)の集会所だった町堂(ちょうどう・まちどう)の役割と、西国三十三所札所としての信仰を集めてきました。行円が着たという鹿皮が寺に伝えられています。
更新日:2016年6月10日
- カテゴリ
-
- 洛中
- 寺院・神社
寺を開いた行円(ぎょうえん)は、以前は猟師で、あるとき山中で鹿を射とめたところ、腹から小鹿が出てきました。後悔した行円は僧 …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月10日
-
しょうこくじ相国寺
花の御所(はなのごしょ)と呼ばれた室町幕府3代将軍足利義満(あしかがよしみつ)の邸宅の東に造営されました。高さが109メートルもあった七重の塔は落雷で焼失、建物も応仁の乱で焼けてしまいます。のちに豊臣秀頼や徳川家康らの寄進で再建されました。法堂(はっとう)の天井に描かれた狩野光信(かのうみつのぶ)筆の大きな龍は、音に共鳴する「鳴き龍」として有名です。伊藤若冲(じゃくちゅう)や長谷川等伯(とうはく)などの絵画を展示している境内の承天閣美術館は必見ものです。
更新日:2016年6月10日
- カテゴリ
-
- 洛中
- 寺院・神社
- 車椅子で周れる施設
花の御所(はなのごしょ)と呼ばれた室町幕府3代将軍足利義満(あしかがよしみつ)の邸宅の東に造営されました。高さが109メー …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月10日
-
みぶでら壬生寺
新選組ゆかりのお寺として有名です。近くに新選組屯所(とんしょ)があったため、隊士たちの訓練場にもなりました。境内の壬生塚には、近藤勇(こんどういさみ)の像や隊士のお墓があります。お寺ができたのは平安時代。三井寺の僧がこの地にお地蔵さんをまつったのが起こりです。春・秋と節分に行われる「壬生狂言(みぶきょうげん)」は京の三大念仏狂言の一つで、仮面をつけた演者が、カンデンデンというかねや太鼓、笛の音に合わせ、一切無言で演じます。
更新日:2016年6月10日
- カテゴリ
-
- 洛中
- 寺院・神社
新選組ゆかりのお寺として有名です。近くに新選組屯所(とんしょ)があったため、隊士たちの訓練場にもなりました。境内の壬生塚に …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月10日
-
みょうれんじ妙蓮寺
鎌倉時代、1294年に造り酒屋「柳屋」の主人仲興(なかおき)が日蓮(にちれん)の弟子・日像(にちぞう)にお願いし、屋敷内にお堂を建てたのがはじまりです。屋号から柳寺ともいわれ、山号の卯木山(うぼくさん)は「柳」の字を二つに分けたものです。1587年に現在の場所に移転しました。「十六羅漢(じゅうろくらかん)の庭」と呼ばれる枯山水の庭などは拝観できますが、有名な長谷川等伯(はせがわとうはく)一派の筆による障壁画は収蔵庫に保管されているため事前予約が必要です。
更新日:2016年6月10日
- カテゴリ
-
- 洛中
- 寺院・神社
鎌倉時代、1294年に造り酒屋「柳屋」の主人仲興(なかおき)が日蓮(にちれん)の弟子・日像(にちぞう)にお願いし、屋敷内に …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月10日
-
おりなすかん織成舘
約70年前の店舗兼住まいだった町家(まちや)を西陣織の博物館として開設されました。織屋建ての1階には、古くから伝わる観世流片山家のきらびやかな能装束が復元され、飾られています。全国の手織物100余点が収集展示されているほか、広く工芸の企画展示も行われています。また、「西陣織手織り体験」工房では、実際の手織り体験ができます(要予約)。さらに、隣にある織物工場も見学できるようになっていて、本物の帯を製造している職人さんから、「帯」づくりの具体的な話が聞けます。まさに手織の殿堂です。
更新日:2016年6月6日
- カテゴリ
-
- 洛中
- 美術館・博物館
約70年前の店舗兼住まいだった町家(まちや)を西陣織の博物館として開設されました。織屋建ての1階には、古くから伝わる観世流 …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月6日
-
らくびじゅつかん樂美術館
樂焼は桃山時代初め、樂家の初代長次郎によって始められました。樂焼の名は秀吉の邸宅である「聚樂第(じゅらくだい)」の樂の字を秀吉から授かったことからと伝わっています。樂家玄関は犬矢来(いぬやらい)と出格子(でごうし)の典型的な京町家のしっとりした雰囲気。その奥に「樂焼御ちゃわん屋」ののれんが掛かっています。その樂家の隣りに美術館が建っています。館内では初代長次郎から現当主15代までの茶碗の名品や、茶道具、文書などを展示しています。
更新日:2016年6月3日
-
すみやもてなしのぶんかびじゅつかん角屋もてなしの文化美術館
角屋は島原開設当初の寛永18年(1641)から連綿と建物・家督を維持しつづけ、江戸期の饗宴もてなしの文化の場である揚屋建築の唯一の遺構として、昭和27年(1952)に国の重要文化財に指定されました。
揚屋とは、江戸期の書物の中で、客を「饗(もてな)すを業とする也」と定義されているところによると、江戸期の民間の大型宴会場でした。大座敷に面した広庭に必ずお茶席を配するとともに、庫裏と同規模の台所を備えていることを重要な特徴としています。
所蔵美術品では、昭和58年(1983)に蕪村筆「紅白梅図屏風」が重要文化財に指定されました。また、平成元年(1989)には財団法人角屋保存会が設立され、平成10年度からは「角屋もてなしの文化美術館」を開設、角屋の建物自体と併せて所蔵美術品などを展示・公開しています。平成22年には角屋の庭が「京都市指定名勝」に指定されました。
更新日:2016年6月3日
- カテゴリ
-
- 洛中
- 美術館・博物館
角屋は島原開設当初の寛永18年(1641)から連綿と建物・家督を維持しつづけ、江戸期の饗宴もてなしの文化の場である揚屋建築 …[続きを読む]
更新日 : 2016年6月3日
-
みぶかいわい壬生界わい
古くから湧き水が多く水生(みぶ)と書かれたこともありました。昔は京都近郊の農村地帯で、京の伝統野菜の壬生菜(みぶな)の生産地でした。壬生大念仏狂言で有名な壬生寺もこの地域にあります。幕末には新選組(しんせんぐみ)の屯所(とんしょ)が置かれ、近藤勇(こんどういさみ)や土方歳三(ひじかたとしぞう)らがここを拠点に京の町に出かけて勤皇(きんのう)の志士と戦いました。屯所跡の八木邸が公開されており、刀傷の残る部屋などが見学できます。
更新日:2007年4月6日
- カテゴリ
-
- 洛中
- 名所・旧跡
古くから湧き水が多く水生(みぶ)と書かれたこともありました。昔は京都近郊の農村地帯で、京の伝統野菜の壬生菜(みぶな)の生産 …[続きを読む]
更新日 : 2007年4月6日