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おおいしじんじゃ大石神社
浪曲師の吉田奈良丸(ならまる)が呼びかけて、昭和10年に忠臣蔵で有名な大石内蔵助(くらのすけ)をお祭した神社です。大石は赤穂藩の家老。殿様が江戸城で刃物でひとを傷つける事件を起こし一方的に切腹させられ、その罪を晴らそうと大石神社境内近くに隠れ住み、同志とひそかに連絡をとります。やがて、江戸に住む相手の吉良(きら)邸に討ち入り思いをとげます。決行した12月14日に「義士祭」が行われ、大石と47人の同志にふんした行列が、山科一帯を練り歩きます。
更新日:2024年10月16日
- 〒607-8308 京都市山科区西野山桜馬場町116
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京阪バス「大石神社」下車徒歩1分
- TEL: 075-581-5645
- FAX: 075-591-4335
- URL: https://ooishijinja.com/
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【時間】9時〜16時半 ※無休
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浪曲師の吉田奈良丸(ならまる)が呼びかけて、昭和10年に忠臣蔵で有名な大石内蔵助(くらのすけ)をお祭した神社です。大石は赤 …[続きを読む]
更新日 : 2024年10月16日
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ろくはらみつじ六波羅蜜寺
空也が鴨川の東に寺を開き、弟子が現在の名前にしました。空也は諸国を歩いて社会事業を行い、身分の上下を問わない「口称(こうしょう)念仏」という布教で町中をまわり、「市の聖(ひじり)」と呼ばれました。その後この一帯は、平安時代末に平家一門の屋敷が立ち並び、鎌倉時代には六波羅探題を置きました。令和館には口から仏が飛び出している有名な空也上人像や平清盛像(ともに重文)が安置されています。12月に行われる「空也踊躍(ゆやく)念仏」が有名です。
更新日:2024年4月2日
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空也が鴨川の東に寺を開き、弟子が現在の名前にしました。空也は諸国を歩いて社会事業を行い、身分の上下を問わない「口称(こうし …[続きを読む]
更新日 : 2024年4月2日
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ぎおんこうぶかぶれんじょうしょうげきじょう ぎおんこーなー祇󠄀園甲部歌舞練場小劇場 ギオンコーナー
京舞はじめ、狂言、舞楽、茶道、華道、筝など、7つの日本の伝統芸能・伝統文化を約1時間で身近に鑑賞できる施設。
更新日:2023年8月22日
- 〒605-0074 京都市東山区祇󠄀園町南側570-2
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- JR「京都」駅より市バス206号「祇󠄀園」下車徒歩5分
- 京阪電車「祇󠄀園四条」駅より徒歩5分
- 阪急電車「京都河原町」駅より徒歩10分
- TEL: 075-561-1119
- FAX: 075-561-3860
- URL: http://www.kyoto-gioncorner.com/
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【営業時間】毎日18時~、19時~
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- アクティビティ・テーマパーク
京舞はじめ、狂言、舞楽、茶道、華道、筝など、7つの日本の伝統芸能・伝統文化を約1時間で身近に鑑賞できる施設。
更新日 : 2023年8月22日
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きょうとこくりつはくぶつかん京都国立博物館
三十三間堂の向かいに建ち、1895年(明治25)に当時の有名な建築家・片山東熊(とうくま)が設計した特別展示館(国指定重要文化財)と、平常展示館があります。広々とした芝生の敷地に立つ石塔、噴水広場ではロダンの彫刻「考える人」が出迎えてくれます。主な収蔵品は、京都に伝来した考古品、社寺に伝わる仏像や宗教品、ふすま絵などのほか彫刻や陶磁器、染織など国宝、重文の貴重品多数を所蔵しています。日本を中心とした東洋の考古遺物と、古美術品の収集では、日本でも有数の博物館です。
更新日:2021年2月17日
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とよくにじんじゃ豊国神社
豊臣秀吉(とよとみひでよし)をまつる神社で、「ほうこくさん」とも呼ばれています。秀吉は死後、東山の阿弥陀ケ峰の山頂に葬られました。翌年にその山腹に社殿が建てられました。豊臣家が滅亡すると江戸幕府によって取り壊されますが、明治になって政府は、秀吉の功績を称えて現在の場所に豊国神社を新しく建てました。本殿前の唐門は伏見城の門を移したものといわれ、国宝です。柱や扉に鶴や鯉など見事な彫刻が施され、桃山文化の華やかさを実感できます。
更新日:2018年6月28日
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豊臣秀吉(とよとみひでよし)をまつる神社で、「ほうこくさん」とも呼ばれています。秀吉は死後、東山の阿弥陀ケ峰の山頂に葬られ …[続きを読む]
更新日 : 2018年6月28日
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ようげんいん養源院
豊臣秀吉(とよとみひでよし)の側室淀殿(よどどの)が、父の浅井長政(あさいながまさ)の霊をとむらうために建てた寺院。その後、火災に合い、徳川秀忠(ひでただ)が夫人崇源院(すうげんいん=淀殿の妹)の願いにより、伏見城の一部を移したのが今の本堂。本堂廊下の天井には、伏見城落城のときに廊下で自刃した武士の血のあとが残り、天井に貼って「血天井」といわれています。俵屋宗達(たわらやそうたつ)が描いた杉戸絵や狩野山楽(かのうさんらく)の襖絵(ふすまえ)なども有名なので見てみよう。
更新日:2018年6月21日
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豊臣秀吉(とよとみひでよし)の側室淀殿(よどどの)が、父の浅井長政(あさいながまさ)の霊をとむらうために建てた寺院。その後 …[続きを読む]
更新日 : 2018年6月21日
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ちしゃくいん智積院
豊臣秀吉(とよとみひでよし)が、3歳で亡くなった長男・鶴松(つるまつ)を弔うために建てたお寺が起こりとされています。何度も災害にあいましたが、1600年に建て直された際、「智積院」と名付けられました。桃山文化を代表する美しい障壁画と庭園で知られています。中でも、長谷川等伯(はせがわとうはく)らによって描かれた「桜図」「楓図」は国宝に指定され、わが国最高の名作のひとつとされています。
更新日:2018年6月21日
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豊臣秀吉(とよとみひでよし)が、3歳で亡くなった長男・鶴松(つるまつ)を弔うために建てたお寺が起こりとされています。何度も …[続きを読む]
更新日 : 2018年6月21日
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とうふくじ東福寺
鎌倉時代の初め、摂政の九条道家が都最大の寺を造ろうと、寺の名前を奈良の東大寺(とうだいじ)と興福寺(こうふくじ)にならって、東福寺と名付けられました。大伽藍(だいがらん)で有名でしたが、多くは明治14年の火災で失いましたが、三門(国宝)を初め重文の浴室、東司(とうす=便所)、禅堂など室町時代の禅僧(ぜんそう)の生活を知るための貴重な建築が残っています。境内の通天橋(つうてんきょう)はモミジの名所としても有名です。
更新日:2018年6月21日
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- 車椅子で周れる施設
鎌倉時代の初め、摂政の九条道家が都最大の寺を造ろうと、寺の名前を奈良の東大寺(とうだいじ)と興福寺(こうふくじ)にならって …[続きを読む]
更新日 : 2018年6月21日
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さんじゅうさんげんどう三十三間堂
正しくは蓮華王院(れんげおういん)といいます。平安時代、平清盛(たいらのきよもり)が建て、後白河法皇に寄付しました。約120メートルの細長い建物で、堂内の柱と柱の間が33あることから三十三間堂と呼ばれています。中には1001体の千手観音像(せんじゅかんのんぞう)が祭られています。江戸時代にはお堂の縁側で120メートル先の的を射通す、通し矢(とおしや)ちいう競技が盛んに行われ、毎年1月にはそれに因んだ弓道大会が開催されています。
更新日:2018年6月21日
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正しくは蓮華王院(れんげおういん)といいます。平安時代、平清盛(たいらのきよもり)が建て、後白河法皇に寄付しました。約12 …[続きを読む]
更新日 : 2018年6月21日
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kokokaきょうとしこくさいこうりゅうかいかんkokoka京都市国際交流会館
京都市制100周年と平安建都1200年を前に、国際都市・京都が国際交流の拠点として開館しました。自由に国際交流をしてもらうための交流ロビーがあります。留学生の人たちもよく利用していますので、外国の人たちと気軽に交流できます。このほか内外の文化を紹介するビデオライブラリー、世界各国の辞書、絵本、新聞、雑誌、地図の閲覧ができる図書資料室を備えています。近くには南禅寺や琵琶湖疏水記念館もあり、散策の後の休憩にも最適です。
更新日:2016年6月29日